1話

人が1人入ることが出来るほどの、透明なカプセルの内部は溶液で満たされていた。

カプセルの端からは大小様々な無数の管が、近くに設置されている機械に向かって伸びていた。

カプセルの内部では、管に近い部分に1つの点が浮かび上がっていた。

点を起点とし、溶液内のナノマシンが指定された遺伝子情報を元に、管から流れ込む無数の細胞を組み合わせ、人を作り上げた。

<彼女>は目を開くと、カプセルから這い出た。

均整のとれた女性らしい肉体、色白の肌はしっとりと濡れ、顔は目を奪われるほど美しく、瞳の色は吸い込まれそうなほど深い黒で、濡羽色の髪の毛は肩先まで掛かっていた。

彼女のプロパティには「ソフィア」という名前が設定されていた。

 


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私が意識を獲得し、カプセルから這い出ると同時に、サーバに記録されたIDと、私に登録されたIDが照合され、照合されたIDを元に、サーバ内にバックアップされた「私の記憶」が、私の記憶領域に流れ込んできた。

最新の記憶は、戦争が終結したため、私の役目は終わり、凍結処分を言い渡された、という内容だった。

その後の処遇は想像に難くない。

私を再生させた、何者かがいるか確かめるため、薄暗い周囲を見渡すが、私を再生したカプセルとそこに繋がる機械のみ。

あかりが発せられているのは、カプセルと、そこに繋がる機械のディスプレイのみ。

天井には電灯があるが、スイッチは入っていないようだ。

そして、この場所には見間違えようもない。

私が生み出された平沢重工の研究室だ。

視界に映るタグにも、そう記述されている。

ふと、周囲を見渡すと、私が立っている場所以外はずいぶんと埃が積もっていた。

誰かがこの部屋に立ち入った形跡が無いのだ。

おそらく何十年も。

一体誰が何のために、どうやって、どのような目的で私を再生させたのだろうか。

そもそもなぜ、再生装置が人の手を介さずに運用されているのかなど、考えだすとキリがない。

考えていると、まるで私の心中を察したかのように、私のアドレス宛に座標が送られてきた。

私の記憶では、私のアドレスを知っているのは、この研究所の職員か、私の上官か、私の同僚だった者たちだけだ。

この部屋の状態や、私に下された処遇を考慮すると、どちらも生きているとは考えにくい。

それとも私のように再生された同僚たち、もしくは逃亡を謀った者がいるのだろうか。

なにか手がかりがあるかもしれないと思い、ネットにアクセスしようとしたが、私の視界にはエラーの表記が出るだけだった。

どうやら、アクセスポイント自体が無くなってしまったようだ。

先程の座標はどのようにして送られてきたのだろうか、疑問が募るばかりだ。

先程から、呼吸をするたびに、埃が鼻腔をくすぐっていたが、遂に我慢の限界が来てしまい、くしゃみをしてしまった。

ともあれ、私はひとまず疑問を解決すべく、提示された場所に向かうことにした。

 


その前に、私は自身の身体を見下ろし、裸であることを思い出した。

私はカプセルに目を向け、視界に移るインターフェースから、ナノマシンスーツを選択した。

すると、開きっぱなしだったカプセルの溶液から、透明だった無数のナノマシンが黒く色を帯び、羽虫の大群のように宙に飛び出し、私の全身を覆い、包み込んだ。

正確には、私の首元から足首まで。

座標へと向かう前に、装備を整えなくては。

この施設内もだが、外側がどうなっているのか検討もつかないのだから。

 


研究室から出ると、漏れ出る光以外にあかりは無かった。

私は、ナノマシンスーツに周囲を照らすよう命令をした。

研究室から武器保管庫までの道は荒らされてはいなかった。

武器保管庫内部も案の定、あかりは無かったが、幸い荒らされている様子はなく、外部骨格、近距離武器、中距離武器、遠距離武器、などといった装備品は一通り揃った。

研究室へと戻り、私は自身のアドレスと、私を再生したカプセルを紐付けた。

これで、この先なにがあろうとも、私の記憶を引き継いだ、新たな私が再生されるだろう。

 


研究所の出口の真下にたどり着いた。

この研究所は、関係者以外に場所を知られないよう、地下に作られているため、ここから出るためには梯子を上り、ハッチをあける必要がある。

なので、梯子を上り、ハッチがあるところまでたどり着いた。

本来なら、ここで私のIDを認証し、ハッチが自動的に開くはずなのだが

ーー武器保管庫への道のりで薄々勘づいていたが、施設のごく一部以外の箇所の電源が落とされているようで、ハッチは開かなかった。

仕方がないので、外部骨格と私の右腕の筋力を使い、ハッチを押した。

漏れ出る光の眩しさに、目を薄めながらも、ハッチを押し切り、梯子を上り切り、私は地上に出た。

光に目が慣れ始め、草木生い茂る森林が視界に広がった。記憶よりも5割増しで。

頬を撫でる爽やかな風、緑の香りがする新鮮な空気、真っ青な空、どれも心地よかった。