2話

私は、視界に映る景色を楽しみながら、歩いていた。

座標に示されている方向へと。

時折り聴こえてくる鳥の鳴き声に耳を傾けながら、大きな木々を見上げながら、足元に生えている花を踏まないように避けながら、飛んでいる蝶々に目を奪われながら。

 


戦時下では、景色は楽しむものではなかった。

私の記憶の中の私は、与えられた任務をただひたすらに、機械のようにこなしていた。

私の記憶の中の私は、多くの景色を破壊した。

私の記憶の中の私は、多くの人を殺した。

だけど、私の記憶の中の私は、自分が死ぬ瞬間の記憶は残さなかった。

怖かったのだ。

 


色々と思いを巡らせていたせいだろう、私は途中から地面が無くなっていることに気がつかなかった。

崖から落ちたようだ。

私は、内部時間を加速させ、外部骨格に搭載された人工筋肉をクッション性が高くなるように設定し、頭部も念のため装甲で覆うように命令した。

私は内部時間を元に戻し、重力に身を任せて落ちた。

幸い、外部骨格に軽い損傷を受けただけで済んだ。

この程度なら、ナノマシンが数時間でなおしてくれるだろう。

頭部を覆う装甲を仕舞うよう命令し、私は再び歩き出した。

 


歩きながら、ふと考える。

戦争はこの土地にも甚大な影響を与えたはずだ。

荒れ果てた大地が現在のように、自然豊かになるまでに一体どれほどの月日が必要だろうか。

10年?100年?私には想像つかなかった。

 


森を抜け、開けた場所に出た。

前方から武装した3人がこちらに近づいてくる、身体から信号が出ていないので、生身の人間だろう。

3人のうち1人が口を開いた。

「お、おいお前、どこのモンだ?」

怯えながらも武器を構えて男は言った。

初期学習で習った、民間で使われる猟銃に近い見た目をしている。

戦時中に見られた銃の半分程度、それ以下の威力しかないだろう。

「あ、あの…」

私は答えようにもどうすれば伝わるのか分からず口籠ってしまう。

おそらく彼らは戦争からは遠い世代だろう。

私のような生体兵器など知らないはずだ。

私の思考を遮るように

「お前どっから来た?」

男は落ち感情の見えない声で言う。

「あ、あの、あっち…」

私は、素直に自分が来た方角を指さした。

「ふざけるなよ、そっちは森と崖があるほうじゃねえか。真面目に答えろ」

感情のこもっていない声色で彼は言う。

「それになんだそのゴツい格好は、ここらじゃみねえな」

他の2人と比べ、背の高い男が言った。

「なぁ、おい、コイツが指さした場所って、さっきデカい音がした…」

先程の怯えていた男だ。

「もう一度聞く、あんた何者だ?答えられないようなら撃つぞ」

相変わらず感情の見えない声で男は言った。

だが撃つという言葉に反応してしまい、咄嗟に頭部を装甲で覆うように命令してしまった。

「ひっ」

怯えていた男が、びっくりしてしまったのか、発砲してきた。

弾は外部骨格の胸あたりに当たったようだ。

外部装甲に傷はついたが、ただそれだ。

私の見立て通り、戦時中に見た銃の半分以下の威力しか無かった。

「おいおい、マジかよ」

それは私に向けた言葉なのか、発砲した仲間に向けた言葉なのか判断出来なかったが

「あ、あの、すみません」

とりあえず謝ってみた。

「なんであんたが謝ってんだよ」

先程まで感情を見せなかった男は苦笑していた。

 


「とりあえず、あんたに敵意が無いことは伝わったよ。俺はネイサンだ。」

男はネイサンと名乗った。

「俺は、ピアーズ」

他の2人より背の高い男はピアーズと名乗った。

「さっきは突然撃ったりして悪かった、俺はランディー。」

銃で私を撃ってきた男はランディーと名乗った。

「それでそっちは?」

ネイサンが言う。

私は頭部を覆う装甲を仕舞うよう命令し、答える。

「ソフィアです」

「それで、ソフィア、あんたのその格好は、失われた…いや、1000年前に存在した技術で作られたものか?」

ネイサンが言った。

1000年前、そう聞いてふと周りの景色に視線をむけた。

足元は草で覆われている。

3人に気を取られていて気がつかなかったが、近くには苔の群がる象がたっており、象に埋め込まれたタグがこの場所は公園だと示している。

かつて文明が栄えていたようだが戦争によって破壊され崩れ落ちた建物が点在している。

だがそれらも草木に覆われ、今では自然の方が優勢のようだ。

「そうなるかと思います。すいません、まだ目覚めたばかりで状況がよく分かっていません。」

私は素直に答えた。

「なるほど、あんたはさっきあっちから来たと言っていたな?あっちには何がある?」

先程私が指を刺した方向を指さし、ネイサンは言う。

「いえ、特にはなにも…気がついたら地面に倒れてて…それでその、目覚める以前の記憶が無くて…」

私は嘘をついた。

困った時は記憶喪失のふりをすれば良いという初期教育で学んだ手法だ。

再生施設のことは機密事項、たとえ管理者がいなくとも外部に漏らすことは出来ない。

ましてや、私の唯一の生命線でもある。

誰にも荒らさせてはならない。

「そうか、記憶喪失か…。じゃああの大きな音は?何か大きなものがドカーンと落ちてきたような感じの」

ネイサンが疑問をぶつけてきた

「確かに大きかったよな」

「マジで驚いたわな」

ピアーズとランディーがそれぞれ口に出した。

「あれは、考え事しながら歩いてたから崖だと気がつかなくて落ちちゃいました…。」

これは本当のことだ。

「マジかよ。すげえな!あんなデカい崖から落ちても無傷でしかもここまで歩いてこれるなんてな!」

ネイサンは笑っていた。

ひとしきり笑った後、

「なぁ、あんたの顔を覆ってたアレはどういう仕組みだ?あぁ、記憶喪失だから答えられないか…」

ネイサンはまたもや疑問をぶつけてくる。

「その、私にもよくわからなくて、なんか怖いって思ったら、顔を覆ってくれて…」

そしてまたしても私は嘘をついた。

「ふむ、まあいいや。とりあえず俺たちの町に来るか?」

まだ何か質問したい事があるように見えるが、その申し出は私にとってもありがたい。

今の私が持っているこの時代の情報はあまりにも少なすぎる。

「はい、お願いします。」

素直に嬉しかったので、思わず笑みがこぼれた。

「あ、可愛い」

「分かる」

ピアーズとランディーがそれぞれ口に出す。

少し恥ずかしかった。

「あ、赤くなった」

「確かに」

顔を覆いたくなった。

1話

人が1人入ることが出来るほどの、透明なカプセルの内部は溶液で満たされていた。

カプセルの端からは大小様々な無数の管が、近くに設置されている機械に向かって伸びていた。

カプセルの内部では、管に近い部分に1つの点が浮かび上がっていた。

点を起点とし、溶液内のナノマシンが指定された遺伝子情報を元に、管から流れ込む無数の細胞を組み合わせ、人を作り上げた。

<彼女>は目を開くと、カプセルから這い出た。

均整のとれた女性らしい肉体、色白の肌はしっとりと濡れ、顔は目を奪われるほど美しく、瞳の色は吸い込まれそうなほど深い黒で、濡羽色の髪の毛は肩先まで掛かっていた。

彼女のプロパティには「ソフィア」という名前が設定されていた。

 


------------------

 


私が意識を獲得し、カプセルから這い出ると同時に、サーバに記録されたIDと、私に登録されたIDが照合され、照合されたIDを元に、サーバ内にバックアップされた「私の記憶」が、私の記憶領域に流れ込んできた。

最新の記憶は、戦争が終結したため、私の役目は終わり、凍結処分を言い渡された、という内容だった。

その後の処遇は想像に難くない。

私を再生させた、何者かがいるか確かめるため、薄暗い周囲を見渡すが、私を再生したカプセルとそこに繋がる機械のみ。

あかりが発せられているのは、カプセルと、そこに繋がる機械のディスプレイのみ。

天井には電灯があるが、スイッチは入っていないようだ。

そして、この場所には見間違えようもない。

私が生み出された平沢重工の研究室だ。

視界に映るタグにも、そう記述されている。

ふと、周囲を見渡すと、私が立っている場所以外はずいぶんと埃が積もっていた。

誰かがこの部屋に立ち入った形跡が無いのだ。

おそらく何十年も。

一体誰が何のために、どうやって、どのような目的で私を再生させたのだろうか。

そもそもなぜ、再生装置が人の手を介さずに運用されているのかなど、考えだすとキリがない。

考えていると、まるで私の心中を察したかのように、私のアドレス宛に座標が送られてきた。

私の記憶では、私のアドレスを知っているのは、この研究所の職員か、私の上官か、私の同僚だった者たちだけだ。

この部屋の状態や、私に下された処遇を考慮すると、どちらも生きているとは考えにくい。

それとも私のように再生された同僚たち、もしくは逃亡を謀った者がいるのだろうか。

なにか手がかりがあるかもしれないと思い、ネットにアクセスしようとしたが、私の視界にはエラーの表記が出るだけだった。

どうやら、アクセスポイント自体が無くなってしまったようだ。

先程の座標はどのようにして送られてきたのだろうか、疑問が募るばかりだ。

先程から、呼吸をするたびに、埃が鼻腔をくすぐっていたが、遂に我慢の限界が来てしまい、くしゃみをしてしまった。

ともあれ、私はひとまず疑問を解決すべく、提示された場所に向かうことにした。

 


その前に、私は自身の身体を見下ろし、裸であることを思い出した。

私はカプセルに目を向け、視界に移るインターフェースから、ナノマシンスーツを選択した。

すると、開きっぱなしだったカプセルの溶液から、透明だった無数のナノマシンが黒く色を帯び、羽虫の大群のように宙に飛び出し、私の全身を覆い、包み込んだ。

正確には、私の首元から足首まで。

座標へと向かう前に、装備を整えなくては。

この施設内もだが、外側がどうなっているのか検討もつかないのだから。

 


研究室から出ると、漏れ出る光以外にあかりは無かった。

私は、ナノマシンスーツに周囲を照らすよう命令をした。

研究室から武器保管庫までの道は荒らされてはいなかった。

武器保管庫内部も案の定、あかりは無かったが、幸い荒らされている様子はなく、外部骨格、近距離武器、中距離武器、遠距離武器、などといった装備品は一通り揃った。

研究室へと戻り、私は自身のアドレスと、私を再生したカプセルを紐付けた。

これで、この先なにがあろうとも、私の記憶を引き継いだ、新たな私が再生されるだろう。

 


研究所の出口の真下にたどり着いた。

この研究所は、関係者以外に場所を知られないよう、地下に作られているため、ここから出るためには梯子を上り、ハッチをあける必要がある。

なので、梯子を上り、ハッチがあるところまでたどり着いた。

本来なら、ここで私のIDを認証し、ハッチが自動的に開くはずなのだが

ーー武器保管庫への道のりで薄々勘づいていたが、施設のごく一部以外の箇所の電源が落とされているようで、ハッチは開かなかった。

仕方がないので、外部骨格と私の右腕の筋力を使い、ハッチを押した。

漏れ出る光の眩しさに、目を薄めながらも、ハッチを押し切り、梯子を上り切り、私は地上に出た。

光に目が慣れ始め、草木生い茂る森林が視界に広がった。記憶よりも5割増しで。

頬を撫でる爽やかな風、緑の香りがする新鮮な空気、真っ青な空、どれも心地よかった。